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「凍」沢木耕太郎
- 2010/01/23(Sat) -
凍
(2005/09/29)
沢木 耕太郎

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あなたは、しもやけにかかったことがあるか?


(笑)
と、大上段に構えるほどの質問ではありませんが、どうですか?しもやけですか?
幸いにも私は患ったことはないんですが、nobuはしもやけらしく寒くなってからは「いたい」と嘆いています。
あれは痛いものなんですね。

しもやけの方は読まない方がいい。
そういう小説です。


私の父は昔は山登りをしていたらしいですが、
私の登山経歴と言えば。。
1)10年くらい前に富士山5合目まで車で登った
2)20年くらい前に上高地の徳沢キャンプ場でキャンプした
といった華々しいものです。

そんな私ですから山岳小説はまず手に取りません。
ホラーでもないのに苦しんでいる人の描写は読みたくないものです。
だがしかし、これは面白い。

登山家の山野井泰史さんが本当に淡々と山に登ることが書かれています。
さすがという感じの沢木耕太郎で、山野井泰史さんが一つの山に登るエピソードの中にほかの時系列をいくつも織り交ぜ、読み手を飽きさせることがありません。
あぁ、失礼。
どこもぜんぜん「淡々と」ではありませんでした。
よく「なぜ山に登るのか?」「そこに山があるからだ」なんつーことがワンフレーズで言われますが、それはあまりにも稚拙で乱暴で山野井さんのようなクライミングをする人たちにとっては軽すぎる表現なのでしょう。
でも、ほんとに「その山に登りたいから」登るんですね。
でも、ほんとに「なんで???そこまでして、どうして?」と聞きたくなるようなクライミングなんですよね。
凍傷で指がだんだん凍っていく有様だとか、雪崩を受けて垂直の壁の途中で過酷なビバークをする有様だとか、ほんとにまったく。。。。

ただし、その過酷さと生々しさをいわゆる通り一遍なノンフィクションの手法で書かれていたとしたら、私には読めなかったでしょう。
いくら過酷な状況でも、記録しただけの文章というのでは読み物として退屈になっちゃうからです。
う~ん。沢木耕太郎という作家を改めて知ったような気がしました。
ノンフィクションなんですが、フィクションのようである。
沢木耕太郎ですね。
フィクションである小説はいかに読者をその世界に引きずり込むかということをモットーにしていると思うのですが(モットー?)、ノンフィクションな話題でこの作戦が成功してしまうと、そりゃもう大変ですよ。
「このビバークの描写はフィクション過ぎやしないか?」とか思う前に読み進めてしまいます。

早く読み終わらないと凍傷(しもやけ)になりそうで(^_^;)

山に登らない私だから、おもわず引き込まれて読んでしまうのかどうかわかりませんが、
そんな過酷な山の描写のしかない中に(実際山頂に立つシーンはほんの数行)山に登る「なぜ?」が描かれているような気がしました。

沢木耕太郎という人は「人の熱」を書き表すのがすごい作家なのだな、という感想。
あなたも何か「熱い」ことをしたら沢木耕太郎が自伝を書いてくれるかもしれない。
そしたら間違いなく「お願いします」と言いましょう。

熱くて凍える読後感でした。
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